師匠②
前回
「ロン。12000」
「ぬえぇ…」
大学の麻雀サークルの部室。
新規メンバーを迎えての最初の半荘のオーラスは、イオリとサツキのめくりあいにて終了した。
あの後サツキとアヤカはいったん大学を離れ、ランチやらなにやらで時間を潰した後、イオリの今日の講義が終わったころに再びこの部室に戻ってきた。
そして件の新メンバーと卓を囲んでいたわけだ。
「…ぜんっぜん見せ場無かったんだが」
「アキラくん、見事なまでの地蔵ラスだね~」
新規メンバー、アキラと呼ばれた青年は、ややばつが悪そうな苦い表情を浮かべた。
「ひたすらイオリとサツキの殴り合いだったもんね~」
イオリが応える。
「とはいえアヤカは2着。マンガン一発分のアドバンテージを守り切ったよな。いや~、うまくなったよな~お前」
「ふっふ~。いつまでも初心者じゃないんだぜ~?」
「そのせいで私が3着落ち…。ぐぬぬ…」
「アヤカを教えてんのはサツキなんだろー?弟子の成長は喜びたまえよ」
「ヘイ、マイししょーイオリ。かわいい弟子からハネ直とかして恥ずかしくないんでしょうかー?」
「………かわいい………?」
「あん?」
「はいはいケンカやめ~。今日の主役はアキラくん~」
仲がいい。
サツキは基本誰とでも仲良くなれるようなヤツではあるが、イオリに対しては普通の友達のそれよりももう一歩踏み込んだ関係が築かれている。
サツキが心から信頼している人間の一人だ。
それは、恩義を感じているかららしい。
イオリが自分に麻雀を教えてくれたおかげでたくさんの仲間ができたから。
イオリのような生まれながらの麻雀バカが教えてくれたからこそ、自分の弟やその友達とも、その友達の兄、その周りの人たちとも全力で麻雀で語れるような関係を築き上げることができたから。
「アキラよ。初バトルでいきなり地蔵ラスとは情けない」
「みんなが思ってた以上にレベル高かったのはあるけど、ある程度はしょうがないだろ!」
イオリが連れてきたこのアキラという男。
某ネット麻雀で八段の実績を持つらしい。
サツキもアヤカも四段くらいで放置しているから単純な実力の比較はできないが、サツキの第1感では、『自分より強いかも』であった。
やってみればだいたい分かる。
確かに結果は地蔵ラスと何の面白みも無いが、それでもオリ方やアンパイの放し時、鳴き方なんかは見ることはできる。
素人ではないのは明白だった。
ちなみにイオリは十段である。
「後ろから見たいんだけどなー。今日はまだ他の子は講義中みたいだからねー」
「このサークル、何人いるんだっけ?」
「6人。アキラが入ったら7人目だ」
「たしかイオリの仲間内で始めたサークルだよな。みんな同学年?」
「そう」
「今年の春にできたばっかりだからね~。後輩とかも入ってないよ~」
「ふーん」
メンバーの内訳は男5、女2。女子はサツキとアヤカだけだ。
美人2人が所属するというのであれば他の男子たちも興味を持って入部してきそうなものだが、そういうことはない。
男だらけの中で美人2人とあれば男女の関係ができてもおかしくなさそうだが、そういうこともない。
なぜなら、先に言った通りサツキとアヤカが付き合っていると思われているからである。
あとはイオリあたりがやんわりと2人を気にかけているせいでもある。悪い虫が寄り付かないように。
イオリは、この2人やその仲間たちの『普通ではない』一面を知る数少ない人間のうちの一人だ。
彼女たちが死ぬ気でもぎ取った『平穏』の価値を良く知っている。
このサークルも、彼女たちが少しでも『普通』に大学生活を送れるようにと願ってイオリが設立したのだ。
…自動卓の出資はとある喫茶店の謎多きマスターからだが。
(だからホントは女子も入部してほしいんだけどなー…。2人のことを考えると)
優しいのだ。
イオリは小さい頃から祖父から麻雀を教わってきている。同年代でイオリより強い雀士など、日本中探しても10人もいまい。
ただし学んだのは麻雀の技術や知識だけではない。
麻雀の本質。
それは。
(『誰とでも仲良くできるゲーム』であること。それが絶対的前提)
だからこそ、イオリは誰よりも優しくなれた。
人間とは、誰とでも仲良くなれるものだと信じているから。
(甘いって、何度も言われたけどな)
それでもイオリは変わらない。
もしかしたらイオリは、サツキやアヤカや謎多きマスターたちよりもよっぽど『普通』ではないのかもしれない。
「もっかいやろう。さすがに消化不良だわ」
「いいね~アキラくん。今度はトップとるぞ~。ね~、サツキ~」
「イオリを沈める。日本海に」
「なぜに殺害宣言!?」
今のところはこんなもんだろう。
彼女たちが笑ってここで麻雀を打てているならそれでいい。
(まあ、部内最強の座はまだまだ渡せんが)
サイコロが回って牌の混ざる音がする。
あと1回打ったら夕飯時か。どこかで4人で飯でも食うか。
そんなことを考えながら、最強の雀士の意識は卓中へ吸い込まれていった。