STORY 1-② by Mayuna
前
「お前だけの体か?医者でもねーのに何が大丈夫なんだ。またベッドに担ぎ込まれたいのか?」
「…………」
雨が強まる中、同じ傘の中に入っている神崎君の言葉を浴び、私はこう思った。
めんどくさい。
人より少し物覚えが良かった私は、『神崎』の名を見た時ピンときていた。そしてこの子の親がクリニックをやってるってのを会話の中で知っていた。
やっぱりだった。しかも私が担ぎ込まれたことを覚えてたらしい。5年以上も前のことなのに。
横で大西君が「ベッド?え?」とか狼狽えてたけどそれはどうでも良かった。
基本的に、与えられるだけで生きてきた私は他人から指図をされることを嫌っていた。
今回だって私のミスを私が解決するという、ごく当たり前のことを実行したことに対して非難されたことにカチンときていた。
「神崎君には関係ないよね。これぐらいで風邪ひくこともないし、さっさとやって戻ったらそれで良いでしょ」
「九条は人より血圧が低いし体重も軽い。典型的な『風邪をこじらせるタイプ』だ」
医者っぽい理屈を並べてきた。かっこつけたいのはわかったよ。うっとうしい。
「そんなに言うなら3人でやろ。それなら早く終わるでしょ」
「お前はその濡れた髪を拭け。あとは俺たちでやる」
うざい。
こうしている間にも8人ほどのバッグは雨に打たれっぱなしになってる。
『なにがし』のカードは……まあどうでも良いとして、要領の良い私がこんな雑務もこなせないなんて周りに思われたくもない。
もう意地だった。たぶん、神崎君もそうだろう。
「良いでしょちょっとぐらい!止まってるより動いてた方がマシだし、時間がかかってたら先生たちにも気を使わせハニュわ!??」
突然、神崎君が持ってた自分のタオルで私の髪をガシガシ拭き始めた。
「ちょっ、そんなガシガシやんないでよ!つーかそれ自分で使ったヤツじゃないよね!?」
「なんでもいいから自分で拭けよ!傘で片手がふさがってっから拭きにくいんだよ!」
この子は。
こいつは…。
「なんなの!?なんのつもり!?お節介にもほどがあるんじゃないの!?」
「傘から出るな!もうお前タオルと傘もって中入れよ!お節介にもなるだろうよ!お前はウチのチームメイトだろうが!」
…………。
チームメイト?
「…ただのマネージャーだよ、私は」
共に汗をかいたわけでもない。練習中はせいぜいストップウォッチ片手に時間を知らせる程度の役割しかない。
「『ただの』マネージャー?」
なぜか不服そうな顔で、彼は詰め寄ってくる。
「毎日毎日部員が集合する前に全員分のスポドリ用意してくれてるよな。自主的に部員の健康管理表作って徹底的に体調管理をしてくれてるよなぁ!ほんで部費の集金で計算が合わないのを全部自分のせいにして、ついには自分の金で賄おうとしてたよなぁ‼︎そーかそーか『ただの』マネージャーかよそれが!バカかてめーは‼︎」
なぜこんなに激しく言っているのか。
「俺たちがどれだけお前に支えられてると思ってる!?お前がいてくれて良かったと思ってるか分かるか⁉︎知ってんだぞ俺たちはお前がどれだけ俺たちのことを考えてくれてるかぐらい‼︎」
怒っているのだろうか。
それとも。
「そんなお前が風邪ひいて、俺たちの荷物のせいで風邪をひいて、胸を痛めないクズ野郎が俺らの中に一人でもいると思ってんのか!!」
「………………!!!!」
怖い。それが自分を脅かすものだという確信。
ただ、これは本音だと。まぎれもない本当に思っていることを言っているのだと、私は直感でそう思った。
「ウチは弱小校でマネージャーもここ最近は入ってこなくて、今年ようやく入ってくれたって先輩たちもすげー喜んでんだぞ」
「別に、マネージャーとして当たり前のことをしてるだけで…」
私は、何故わざわざ言い返すのか、答えは知っている。
「お前は」
それが、迫ってくる。ずっと気づきたくなかったそれが。
「お前がやってることが、他の誰でもできることだと思ってるのか?お前が他人に何かを与えることのできる力があるってこと、どうして気づこうとしないんだ?」
「………………………………………………………………………………………」
言葉が出ない。
それは、死の宣告に似たものだった。
ずっと与えられて、甘やかされて育ってきた。
そのまま生きていきたかった。
それ以外はそつなくこなす程度でよかった。
周りに気に入られる程度でよかった。
変にやる気を出して何かを与える側に回ったら、もう与えられる側には戻れなくなるのではないかと思っていたから。
今を、壊したくなかったから。
「お前が、何かに怯えてるとして、それで怖気づいて動けなくなるなら」
なぜこうも言い当てられる。
「俺たちは何があろうとお前を支える。なんならいつでもウチのクリニックに来て相談だの愚痴だの言ってもらっても良い。ねーちゃんがまた会いたいまた会いたいうるさいからな」
蝕まれていく感覚。でも、なぜか希望を予感させる。
「3年の先輩たちはすぐ引退が来るけど、」
ちやほやされるだけの毎日とは違う毎日が来るとしたら。
「俺たち1年生はお前とこれから3年間一緒にやっていく」
いや、自分では気づかなかっただけで、もしもそれがすでにそこにあったのだとしたら。
「それが楽しみでしょうがないんだよ俺たちは。だから自分の体は大切にしてくれ。頼むから」
新しい世界が輝いている真実に、私は涙をこらえきれなかった。