STORY 3-② by Satsuki and Kazuki
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イオリに言われてネトマを打った。その間、イオリもカズキも真剣な目で闘牌を見ていた。
「くっ、2着か」
「そりゃそうだろ。トップのヤツ55000点だぞ。むしろ2着で粘った方じゃねーの?」
「そうな」
イオリがそうだと言ってくれたのは良いんだけど、アタシとしてはこんなワンサイドゲームを見られても実力を見せたことにならないんじゃないかと思って歯がゆい気分だった。
「もっかい!」
「いや、俺としては十分見せてもらった」
「え」
「結論から言うと、やっぱりお前はそこまで弱くない。俺がただ一言だけお前に教えたことがあったよな?」
イオリの言ったことなんておおよそ忘却の彼方なんだけど…。
「『上達するためには牌効率で、勝つためには押し引きが重要』だっけ」
「俺が見たとこ、それはかなりできてる。牌効率も押し引きも80点ぐらいかな」
「そ、そうなん?」
「トップと30000点差になっても耐えるときには耐えて絞るときは絞る。それができてた。少なくとも初心者はキレる。めちゃくちゃな押し引きになって自滅する」
「ねーちゃんって、麻雀だと性格と反対で繊細なとこあるもんな」
「うるさいし」
普段ガサツなのはむしろチャームポイントとして認識したまえ。
「牌効率も、まあまだちょっと荒いとこもあるけど、『うわーっ、それ切っちゃうかー』っていう打牌は無かったよ」
「牌効率はだいぶ3人で勉強したよな」
「あくまで俺の推測だけど、ユウキさんって人はそれを既に見抜いてる。だから場数をこなせって言ったんだろ」
「場数をこなせば勝てるのかな……?」
私は、つぶやくように言った。
「私はカズキみたいにカンが良いわけじゃないけど、ユウキさんとは場数をこなした程度じゃ埋められない格の差があるような気がしたんだよ」
「…………、それは、俺もちょっと思ったな」
『あの』カズキですらとても勝てないと思うほどの…?
「あの人は怪物だ。何が怪物って、麻雀が強くて上手いのはもちろんだけど、それよりも、初心者相手に甘さを見せず、真っ向から叩き潰しに来たところ。そこに一切の余計な感情を挟み込まなかったところ。ついでにその初心者の打ち筋を完全に把握してしまっているところ」
「………っ。…………っっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「なにワクワクしてんのよ!勝負師の血!」
「悪い。ただ、それを聞いて分かったことがある」
「なによ」
「理論は上々。でもプレイヤーとしては未熟」
…何かよく分からないことを言い出した。
「理論や理屈は対抗しうるレベルであっても、それを扱えるかどうかは別だ。ユウキさんと打ってる時、絶対に勝ってやるという気持ちがどれだけあったか?初めて牌に触ったら『勝ち』以外の何かに拘ってしまうのは人として当たり前なんだけどな」
「………」
たしかに、あの日は初めてリアルの麻雀牌に触って、東南西北で場決めして、サイコロ振って、ツモって、鳴いて晒して、振り込んで、負けて。それだけでも十分楽しいって思ってた自分がいた。
でも……。
「3半荘目で、俺が飛ばされた時……」
カズキも同じことを考えてた。
そう。
その3半荘目が終わって、アタシは強烈に思った。
勝ちたいと。
「実力の差はあるんだから、負けても不思議じゃない。ただ本来の力を出せればそれなりにいい勝負にはなっただろう。でも『負けても楽しい』からいきなり『絶対勝ちたい』に心が動けば、もう平常心なんて保てるわけがない。ユウキさんが言いたいのはたぶんそれだよ。場数を踏んでメンタルを磨けってな」
「メンタル……」
それはなんだろう。
押し引きに必要な精神力とはまた違ったものなのだろうか。
勝ちたいと思う心があるだけで、勝敗なんて変わるものだろうか。
「それは、勝負師としてのカン?」
「かもね」
「………分かった」
場数を踏むとは簡単に言うけど、麻雀を打つには4人必要。牌やマットは買ったけど、結局それをクリアしなければ意味がない。受験シーズンということで、イオリに付き合ってもらうのも悪い。頼めば付き合ってくれるとは思うんだけどね。
(勉強も、しないと…)
最近、ふわふわしてる感じがする。
身が入っていない。
麻雀が。
アタシを変えているような感覚……。
「あと1ヵ月…」
「ただいまー」
「おぉカズキ、おかえり」
「父さん?今日診療終わるの早くね?」
「今日母さんが店の人たちと忘年会だろ。父さんが飯作らないとな」
「そうだった。なんか手伝う?」
「いや、いいよ」
今年もあと10日で終わる。父さんも母さんも自営業だから、我が家は年末は結構ゆとりがある。ただ、今年は例外だ。
「最近サツキ、帰り遅いな。学校で勉強してるのか?」
「うん。そうらしいよ」
「もう1ヵ月無いしな。頑張ってんなぁアイツ。模試の判定はAなんだろ?ここまで混詰める必要もないんじゃないのか?」
「だからといって手を抜く人間じゃないだろ。ねーちゃんは」
「それはそうなんだが。でもホントに急に気合入ったように見えないか?1週間くらい前から」
「んー。そういやそうかも」
1週間前。イオリさんがウチに来てねーちゃんの麻雀を見た日か。
「頑張りすぎて当日ダウンみたいなことにならなけりゃいいがな」
「うん…」
多分、あの日自分に足りないものが分かったんだろ。でもそれを得るためには時間が必要。気持ちも、覚悟も。でも、受験がある以上はそちらに割く余裕は無い。いや、ねーちゃんのことだから本気になれば受験も麻雀も両立することはできるかもしれないけど、ねーちゃん自身が『そういうこと』を嫌う。だからまず受験に徹底的に向き合おうと。まずそれを片付けてからにしようと思ったんだろう。
「元気だけはあるし、その辺は大丈夫じゃね?」
「まあ、そうかもな」
予感がする。
カンだ。
ねーちゃんは今、『何か』を得ようとしている。
『何か』になろうとしている。
本当に得たいものを我慢して。
別の何かに対して歯を食いしばって。
「着替えてくる」
「おお」
麻雀がねーちゃんを変える…。
多分そうじゃない。
変えているのはユウキさんだ。
今まで誰の背中も追おうとしないほど自信を持って生きてきたねーちゃんを、たった1度の出会いで。
運命。
ねーちゃんがマユナを助け、そのマユナと弟の俺が再会し、そしてマユナと麻雀という繋がりがねーちゃんをユウキさんに導いた。
そして、たぶん俺も。
九条兄妹との出会いが、俺もどこかに導いているような気がする…。
「ヤバい。アタシったら本番にして過去最高得点を取った気がする」
「良かったな」
「カズキ、お祝いのダッツは?」
「まだ一次だろ。合格したわけじゃねぇよ」
一次試験を無事に終え、アタシはリビングでつかの間の休息をとっていた。
「うだー…。まだあと1か月も勉強せにゃならんー」
「……最近、麻雀て、やってる?」
「やりたい。やりたいやりたいやりたいやりたいやりた」
「わかったわかった」
本試までまた1ヵ月。あと1か月。
「もうちょっと頑張ります……」
「がんばれ」
あらゆる意味で早く終わってほしい1ヵ月だねぇ。
続く
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