STORY 3-③ by Iori
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natsumikan-toaru.hatenablog.com
「お邪魔します」
「します」
「いらっしゃいです。イオリさんも」
「マユナちゃん、久しぶりだね」
本試が終わり、結果発表も終わらないままサツキはユウキさんとの再戦の機会を得た。というか、禁断症状が出始めた姉貴が見ていられないという理由で弟クンがセッティングしたわけだけど。
「よー。受験お疲れサツキさん」
「ありがとうございますユウキさん。どうでも良いので打ちましょう!」
「ねーちゃん、他の受験生に失礼だぞ」
今回俺は、サツキが九条家に行くという情報聞いてムリヤリ同行させてもらった。
サツキの麻雀を見るために。
受験只中は全然打ってなかったらしいし、まあ普通に考えてユウキさんに勝てるわけがない。それでも何かアドバイスができるんじゃないかと思ってついてきた。
というのは建前で。
もしうまくいけば俺自身がユウキさんと打てるんじゃないかと思った。というのが最大の理由。
「んじゃー早速打つか。えー、イオリ君だっけ?イオリ君も打つ?」
「いえ、俺はとりあえず見てます。」
ま、さすがにこの4人の戦いを見ないわけにもいかんしな。
「ツモ。タンヤオと、ドラ3!4000オール」
(……。へぇ)
開局早々にあがったのは、起家のマユナちゃんだった。
ユウキさんの先制リーチに対して無スジ2枚を切り飛ばして食い仕掛けからの親マンツモ。
女の子にしては、という男女差別を言うつもりは無いが、想像していたよりずっと攻撃的な打ち手らしい。
「ロンだマユナ。5200は5500」
「ツモ。1000・2000」
弟クン、ユウキさんとアガリが続く。
(苦しいなサツキは…。全然手が入ってない)
「リーチ」
東3局。親のユウキさんからリーチ。
「……ッ」
(親リー…。サツキもそこそこな手なんだけどな)
ツモ ドラ
ドラドラながら形は悪い2シャンテン。一発目でツモってきたのは1枚切れの。
(切るだろうなぁ。。現物はとあるけど…)
そんなふうに考えていた。それなりに上手くなっているとはいえ、サツキの麻雀歴はせいぜい数ヶ月だ。
こんなはよく考えずに切られるであろう牌だ。
と、思っていた。
サツキが選んだのは…。
「………」タンッ
(……?完全撤退だと?『親リーにはベタオリしろ』という定型文的な選択か。それにしたってある程度形を保てるを選びそうなもんだが…)
「リーチ」
(!)
直後に放たれるリーチ宣言。弟クンだ。
(……………そうか…)
見てみれば、弟クンの河はある程度濃い。数巡のうちにはリーチが来てもおかしくないような様相だった。
(弟クンの追撃を予想しての完全撤退…)
サツキは弟クンの捨て牌もしっかり見てたんだ。
その辺にいる初心者は、リーチ者の捨て牌しか見ない。だがサツキは他のプレイヤーの動向までしっかり見ていた。
(次の瞬間にリーチ合戦になったとしても対応できるように…)
すごい。
何がすごいって、ただ他のプレイヤーに気を配っていたことがすごいんじゃない。
ある程度打てる人間ならここからを切ることはない。
そこではない。
(サツキは、リベンジに燃えていた…)
だけど、受験があって2ヵ月近く麻雀から完全に離れていた。
その間、ずっと我慢していた。
それこそ、やりたすぎて禁断症状が出るまでに。
そして今日、やっとその時が来て、卓に着いた。
マユナちゃん、弟クン、ユウキさんと他家にアガられ続けている中、自分にはチャンス手が入る。
普通の人間ならアガることにばかり目が行く。
普通の人間ならこのチャンスを生かそうと攻めっ気を出す。
普通の人間なら、我慢などできるわけがない。
何度も言うが初心者なのだ。
なのに。
(あのを打てるヤツがどれだけいる?)
サツキは追わない。
夢など。理想など。
(同じ立場の人間がもしいたとして、この手を一瞬でオリれるヤツがどれだけいる?)
受験という戦いをやり切ったことからくる忍耐力か。
はたまた、そんなことなど一切関係なく、ただ麻雀の理を求めた結果なのか。
どちらにせよ。
(これが、麻雀初めて数ヵ月の人間の打ち筋か……?)
明らかに、前のサツキよりも強くなっている。
何人かのプロは、麻雀が強くなるためには麻雀だけやっててもダメだと言う。
カンを鍛えるために株をやったり、感性やメンタルを鍛えるために読書をしたり、体力を鍛えるために毎日長距離を走ったり。
だから、受験を乗り越えた人間が強くなることもあるのかもしれん。
だが、
麻雀を始めて数ヵ月の人間が?
直前2ヵ月も牌に触りすらしなかった人間が?
(サツキ、うすうす感じてたけど…)
お前は凡人なんかじゃない。
お前はお前で、特別なものをちゃんと持ってる。
続く