親友②
「返して!返してよぅ!」
「?」
ふと前を見ると、道端でランドセルを背負った男の子3人が、何か揉めているようだった。2人が1人のランドセルを無理矢理奪おうとしているように見える。
(なんだ?いじめか?小学生ならまだ可愛いもんだろうが…)
カズキという男は、あのおっせかいを絵に描いたような姉の背中を見て育ったために、自身もなかなかにおせっかいに育った。
自然と、その足は小学生の方に向きかけ、
その瞬間。
パン!!
横を歩いていたカイトが唐突に両手を叩いて大きな音を響かせた。
小学生たちはその音に気づいて、カイトの方を見る。
直後だった。
いじめていた側の2人の男の子が、足から崩れてその場に座り込んだ。
息を荒げ、下を向き、ガクガク震え、大量の冷や汗を流している。
ランドセルを取られそうになっていたもう1人は、何が起こったか分からないような顔で戸惑っている。
(こ、これは…)
目の前の『異常』。
これを『やった』人間が誰か。カズキはすぐに気づく。
「おい…、なんか『見せた』のか?」
「まあ、ちょっとな…」
しれっとした顔で答える犯人。カイトには、普通の人間が持たないような特技がある。
「カタギの…、それもあんな小さい子供に向かって…」
「いじめを止めたいと思ったのは本心だぞ?」
事実だろう。
極道とはいえ、小さい子供たちが争っている様子に嫌悪を感じない人間などいない。
しかし。
(やり方が、『極道』そのものだ…)
いじめは止まった。
とりあえずこの場は、いじめられていた側の1人は難を逃れて家へ帰れるかもしれない。
だがそれで良いのか。
「……………」
いじめられていた1人は涙目で座り込んだ2人に声をかけていた。身を案じているのだ。いじめられていたのは事実だとしても、普段は一緒に遊ぶ仲なのかもしれない。
カズキはまっすぐ3人のもとに駆け寄った。
(………まあ、そうだろうな)
カイトはカズキに付いていくことはしなかった。
自分がこういう問題を言葉で解決できない人間だということを、『極道』カイトは嫌と言うほど思い知っている。
そして、そういう力を持っている男こそが、親友のカズキなのだ。
小学生たちに駆け寄ったカズキはまず冷や汗ダラダラの2人の状態を確認した。
医者の息子でそこそこの知識はある。
見かけほど大したことはない事が分かり、落ち着かせ、その後3人が何をしていたのかを聞き出しているようだ。
(やれやれ、ただの通りすがりが…)
苦笑いしてやや離れた位置からカイトは見ていた。
カズキのおせっかいはよく知っている。
そしてカズキの考え方も。
いじめを止めるだけでは足りない。
悪いことをした2人はこれに懲りていじめをしなくなるかもしれない。
でもそれではダメなのだ。それでも足りないのだ。
『いじめをしてはいけない理由』が、『いじめたら今回のようなひどい目に遭うから』ではいけない。『いじめられた人が嫌な気持ちになるから』だということを分かってもらわなければいけない。
それができなければカズキにとっては『負け』なのだ。
ただ通りすがっただけだったとしても。
見てしまったのならば放置できない。
放置しない以上は『負ける』わけにはいかない。
この世で最もおせっかいな姉の背中を見て育った、この男のプライドなのだ。
15分ほどして、小学生たちは帰っていった。
2人の子が1人に謝っていたようだ。これでもう、同じようなことは起こらないと願いたい。
「…………」
カズキは思った。
今回のこの事件。
まさに自分が抱く、カイトへの不安の具現だと。
カイトは間違いなくいじめを『止めた』。
おそらくはどんな人間よりも迅速に、そして確実にそれを遂行した。
だけどカイトにその先は無い。アフターケアのようなものなどカケラもないのだ。
そして何より不安なのが、その手段。
『いじめを止める』という『善』を行う手段がまるっきり『悪』なのだ。
もしかしたら。
カイトの『夢』を叶える過程でも、このような目に見えない暴力が振るわれるのではないか。
対して、カイトは思った。
自分の『夢』を叶えるために必要なのは、カズキのような人間なのではないかと。
力ではなく言葉で人の心を動かす。そんな能力が必要なのではと。
(やれやれ、俺の『夢』に無理矢理付き合わせるつもりはないんだが…)
「フッフフ…」
不適な笑みが浮かびだす。
自分の中の『極道』が出てくる。力で何者をも従わせる、『親友』としてのカズキには絶対振るわないと誓ったそれが。
「カイト!」
「!」
『極道』に入りかけていた思考が戻される。
その表情に、悪意のこもった笑みは無い。
「悪いな。待たせた」
「………いや」
『こんなこと』をしでかした自分に、カズキは何も言わない。
それは優しさなのか、甘さなのか、勇気なのか、怠惰なのか。
少なくとも何かしらの感情を自分に向かって持っているはずだが、何も言わない。
「帰ろう」
「ああ」
いつもの道を歩く。
この道はいつまで続くのだろう。
もしかしたら次の瞬間には、『極道』が『親友』を喰らい尽くすかもしれない。
カイトの『夢』は自分が『極道』だからこそ叶えたいものなのだ。その道に『親友』を巻き込みたくはない。
巻き込むとすればカズキが自ら『極道』に入ってくるか、もしくはさっきのように『力』を使って無理矢理『極道』に引き摺り込むかだ。
もちろんそんなことは望んでない。カイトは『親友』としてのカズキが好きなのだ。
それでももしかしたらこの先、『親友』としてではなく、ただ単にその『能力』としてカズキが欲しくなった場合、自分の中の『極道』を抑えることができるのだろうか。
「………」
不安を覚えながら、いつもの道を歩く。
友としてこの男の隣で歩くことに居心地の良さを覚えながら。