教師と生徒②
前回
「そういうのは、ないです」
突然教師から恋バナを持ちかけられたマユナの返答は、あっさりしたものだった。
「えー」
「なんてつまらなそうな反応ですか」
ワクワクしながら聞いたミレイは落胆する。落胆するだけの理由はある。
「だってお前らマジで兄弟みたいに仲良いじゃん」
「そーですかね」
「ハタから見れば普通の友達じゃないってのは誰でも分かると思うぞ。私みたいに詳しい事情は知らなくても」
「………」
マユナやカズキ、カイトは『ある問題』を抱えていた。それを解決するために何人かの人間が動いたことがある。その内の1人にミレイも含まれており、『ある問題』のことも多少は知っている。
ここでは触れないが。
「少なくとも、『好き』って感じではないですね」
「えー。カイトとかも見てくれだけは良いじゃん。なんとも思わんの?」
「『だけ』とはまた失礼な」
「だってお前。あいつの正体を知ったら『普通』の女子にはオススメできないし」
「私には良いんですか!」
「お前は『普通』じゃないし!」
「失礼な!!」
自分が『普通』でないのは重々承知しているが、いざ他人に言われると多少はカンに触るものだ。
「『月城組』とか言ったか?暴力団の組長の孫とかだろあいつ」
「確かそんな感じだったと」
「お前くらいの胆力がないとあいつの嫁とか無理じゃん」
「私だってイヤに決まってんでしょ!」
「なんで!!」
「めんどくさいから!!」
怖いとか、危ないとかではなく、めんどくさい。
そう答える時点で、やはりこの少女も『普通』ではないのだろう。
「お、おまっ、『めんどくさいからイヤ』とか本人の前で言ってみろ?泣くぞあいつさすがに」
「暴力団なのに?」
「暴力団だろうがなんだろうが、見てくれだけは良い同年代の女子にめんどくさいとか言われたら再起不能なほどのショック受けるって」
「あいつに限ってそれはないと思うんだけどなぁ…」
というか、暴力団の御曹司を『あいつ』呼ばわりしてバカ騒ぎしている時点でこの2人も相当ネジが飛んでいる、ということは理解しているのだろうか。
「ダメかよあいつ」
「ダメとは言いませんけども」
「なによ」
はあ…、と小さくため息をついてマユナは話す。
ここにはいない、『仲間』の見ている景色を思い出しつつ。
「あいつはあいつでやらなければいけないことがある。私たちみたいなカタギの人間には到底及ばないような闇の中で戦う覚悟がある。その道を共に歩く人間リストの中には、私なんて入ってませんよ」
「そうか?」
「あいつの夢は国内どころか外にまで及んでいます。ちょっと頭が良くて気が利いて可愛い可愛い美少女程度がその隣で一緒に歩いて行けるわけがないです」
「おい、自重しろ。腹立つ」
息を吐くように美少女宣言する生意気な教え子を叱りながら、ミレイは思う。
(多分カイトの夢は、カズキやマユナみたいなヤツが一緒に歩いて行く方がいいような気がするんだけどな)
極道。ヤクザ。暴力団。
カイトの夢はそういった組織としての枠組みを超えたところにある。だからこそ、カタギの人間の感性を求める必要もあるのではないかと。
(まあコイツが自分には合わないと言ってるんなら、別に強制することでもないか。でも…)
大きな志を持つ教え子と、それを助けるために共に歩む教え子の姿を想像して、
(カズキやマユナが、カイトと同じ夢を一緒に追う。そんな光景も見てみたい気がするんだけどな)
実際カイトがどう思っているのか知らないが。
そんな未来があったら、また自分はヤツらを後押しするのだろうか。
(悪くないな)
誰に気づかれることなく笑みを浮かべる。
特に目の前にいる少女には見られたくない。
「じゃあ、もう1人の方は?」
「カズキは…」
カイトの時とは違い、若干言い淀むマユナ。
お?お?と、かなりウザめに反応するミレイを軽く睨みつけながら、マユナは言う。
「まあ、もし付き合うってなったら、大事にしてくれるでしょうね」
「ほい来たキタコレエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
「うるせぇぞこのクソ女があああああああああああ!!!!」
ウザさが爆発したミレイに対して怒りが爆発したマユナ。烈火の如き怒りである。
「ク、クソ女?マ、マユナマユナ。一応私先生だぞう!?」
「だからなんだクソ先公がああ!!捻り潰すぞコラァアアアア!!!」
「やべえやべえ!これマジなヤツだ!!」
キレたマユナを嗜めるミレイ。
数分してようやく治まる。
「ゴメンゴメン。ちゃんと聞くから」
「別に話すことなんか無いし!」
「拗ねるなよ。ちょっと可愛いぞコラ」
「可愛いのは知ってる」
「クソほど可愛くねぇわ」
落ち着いた途端調子に乗り始める教え子に悪態をひとまずついて、再び同じ質問を重ねる。
「で、どうなのよカズキは。嫌いじゃないんだろ?」
「嫌いなわけないです」
どうもこの少女、カズキのことになるといくらか素直になるようだ。
「話したことないんですっけ?私が、アイツに救われたこと」
「なんか聞いたな」
マユナの毒舌は、本来家族以外に放たれることなどなかった。素の自分をさらけ出せる相手は家族しかいなかった。
それが、ある時期から家族以外にも素を見せられる相手が増えてきた。
そのきっかけを作ったのがカズキなのだが、その話はまた今度。
「その時に誓ったのが、私が、アイツと同じ目線で、アイツと同じ土俵で世界と向き合うこと。アイツと対等であること。私を救ってくれた、でっかいアイツと」
友達とは違うのだろう。
恋人とも違うのだろう。
言うなれば。
相棒。
「アイツと付き合うとかなっちゃったら、アイツのデカさに、また甘えてしまいそうだから、イヤです」
「………」
こんな男女の関係など、存在するのだろうか。
実際に目の前で語る少女を見てもなお、ミレイは信じられないという顔を崩さない。
それでも。
「そうかい…」
おかしな話だ。
理解はできない。
だが納得はできる。
(コイツなら…、いや、コイツらなら、そんな関係もあり得るのかもな)
「まあいいや。もっといじめてやっても良いが、このへんでやめにしといてやる」
「生徒をいじめるとか大々的に宣言するだと…」
妙にスッキリした気分になったミレイは、満足したようだ。下ろしていた腰を上げ、少し伸びをする。
「帰んぞ。どうせ待ってるヤツがいるんだろ」
「さあ。どうですかね」
ミレイと別れ、部室に戻るマユナ。
道すがら、ミレイとした話を思い出す。
「付き合う…、ね」
実際のところ、考えたことがないわけではない。とはいってもマユナの方に恋愛感情があるわけではないし、多分カズキもそういうものは持ってない。
「考えらんないね。今は」
今の関係を守りたい。結局はありきたりな理由に落ち着く。
(もし、私がアイツと心の底から対等になったと感じる日が来たら、そんなこともあるのかも?なんて)
部室まであと少し。
話し声が聞こえる。
聞き慣れた男子2人の。
(……もう。だから甘えそうになるんだよなぁ)
いつか来るかもしれない特別な日を頭の片隅に追いやり、今日もまた、いつも通りのメンバーで、いつも通りの帰り道を歩く。