年が明け、偲ぶ
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女性陣がにぎやかに騒いでいる傍らで、4人掛けのテーブルを囲んでいたのはユウキ、カズキ、カイト、マスターの男性陣だ。
「しかし…、お前らがこの1年でこんな関係になるとはなぁ」
1人だけワインを開けていたマスターが、思い出したように言った。
「俺のことですかね」
そう返したのはカイトだ。実は今この店にいる8人の中には『普通』ではない人間がいる。何がどう『普通』ではないかはここでは語らないが、カイトもまたその1人なのだ。
「お前もそうだが、このメンツで仲良くメシを食うなんて日が来るとはな」
「いろいろありましたからねぇ…」
しみじみとつぶやくのはカズキだ。カイトは同じ高校の同級生。少し奇妙な親友同士。本当に、この2人はいろいろあったのだ。
「確か他にもいたよなぁ、仲良いヤツ。誰だっけ」
「イオリさんすか」
「あーそう。彼だ」
カズキが言うイオリという名の人物は、サツキの大学の同級生だ。サツキ、アヤカ、イオリは大学の麻雀サークルの仲間でもある。
「イオリさんって俺会ったことないですけど、麻雀めちゃくちゃ強いんですよね。ユウキさんとどっちが強いんですか?」
「イオリくんだな。多分二回りくらい彼の方が強い」
「え、そんなにですか」
ユウキがあっさりと認めたことに、カイトは若干驚いたようだ。本当に自分が劣っているとしても、もっとぼやかして言うこともできそうなもんだが。
「あの人は3歳くらいからおじいちゃんに麻雀仕込まれてるマジモンだからなぁ」
「今日はそのおじいちゃん家に行ってるんだったか」
「年始から麻雀漬けだって言ってましたね」
イオリは地元勢だが、正月と盆は県外の祖父の下に帰るのが通例らしい。
「あと、あの女性の先生は?」
「ミレイ先生は実家帰りです」
カズキが答えた北島先生は、カズキの高校の先生だ。
「あー、あの人は実家が県外だったか」
「カズキ達の部活の顧問なんだよな」
「ウチは女バス無いし、スポーツ推しの高校でもなくて。ミレイ先生ぐらいしか指導者がいないんですよ」
数回しか会ったことのないユウキの問いに、カイトが答える。
「へえ。それでも地区ベスト8とか言ってなかったか?」
「カズキキャプテンになってから強くなったんだよな。な。」
「んー、まあ…」
カイトにもてはやされたカズキは少し照れているようだ。
「そんなに猛特訓したとかではないんですけどね。メニューとかの効率考えるのがマユナは得意みたいだったから、アイツと色々練習方法とか変えてみたってだけなんすよ」
ちなみにマユナはバスケ部のマネージャーだ。カイトの『普通』ではないところを知っている数少ない同級生であり、部内で共通の秘密を持ったこの3人は奇妙な親友関係にある。
「私立とかみたいに時間があるわけじゃないですからね、ウチは。いろいろと工夫してやってたら先生も協力してくれるようになって」
「ベスト8なんてカズキの学校始まって以来初なんじゃないのか」
「マジでそうかもしれないっすね」
「まあ、お前ら2人とマユナがいるチームが『普通』の枠組みに納まるわけがないわな」
含みを込めたマスターの発言。この意味は、この店にいる8人ならばすぐに分かることだ。
「別に熱血ってわけではないんですがね。勉強も麻雀もあるし」
「それ全部両立させてる時点ですでに『普通』ではないけどな」
マユナもカズキもカイトも、学力という点では周りの同級生と比べれば上位2割に入るレベルだ。天性の才能…ではない。多少は環境的に恵まれた家に生まれたという運は持ってはいるが、それ以上に彼らは努力家なのだ。彼らはそれぞれ『絶対にそういったことを妥協したくない』理由を持っている。
「やれやれ、未来が明るい若者を見ていると目が疲れてくるなぁ」
目を押さえながら、マスターは嬉しそうな顔でこの場にいる若者たちを見渡す。
マユナたち3人だけではない。
自分とともにこの店で働いてくれるようになったユウキとアヤカ。マスターはこの2人の深淵と努力を知っている。そして、この優秀なマユナやカズキから、それでも尊敬の念を持たれて姉役を全うしているサツキ。そして誰もが天才と認めるエリア。ここには今、輝かしい未来があふれんほどに充満している…ようにも見える。
(まあ実際は…、絶妙なバランスで成り立つ関係だがな。この8人は)
『普通』ではない。その度合いにはよるが、実はここにいる全員が『普通』ではない。
『普通』ではない人間が8人も集まって平穏が保たれるこの状態そのものが奇跡なのだ。例えばカイトとアヤカ辺りが各々の立場に明確に立ったうえで『小競り合い』を起こそうものなら、この店はものの数分で廃墟一歩手前になるだろう。
(まあ、俺がここにいる限りそうはならんだろうがな…)
期待と不安は入り混じるものだ。
『普通』でない者がこれだけ集まれば不安が募るのも当然だろう。
(でも、逆に…)
『普通』でない者がこれだけ集まって調和している事実がここにはある。
見た目だけでも輝かしい未来が感じられる。
それは、世の中を知り尽くしたマスターという男ですら、ワクワクする未来をどうしようもなく夢想させるには十分の材料となる。
(こいつらが、自分自身で手に入れた笑顔あふれる平穏…。これを守るのが、唯一ここにいる『大人』である俺の、残された最後の仕事なんだろうな)
誰からも褒められないであろう、だけどこの世で最も誇れる仕事を自分に課し、マスターと呼ばれる男はまぶしい若者たちとともに新年を行く…。
(実際、あの2人…、いや、他のみんなも俺の『組』に来てくれれば歓迎するのになぁ)
日常は、絶妙なバランスで成り立っている…
つづく