年が明け、始まる
前回
natsumikan-toaru.hatenablog.com
「リーチ」
料理を楽しんだ面々は、店内の隅の方で全自動麻雀卓を囲んでいた。マスターが大の麻雀好きで常備してあるものだ。
(んー…。良い感じの1シャンテンなんだけど…)
座っているのは起家からマユナ、カズキ、アヤカ、カイト。ユウキはマユナとカズキの手が見える位置から観戦。マスターはパーティの片づけを。サツキは遅れてきた負い目もあってか片づけを手伝っている。エリアは食後のコーヒーを1人で静かに楽しんでいる。一応言っておくが小学生の女の子である。どんだけダンディーなんだお前は。
(ラス前で微差のトップ目、リーチをかけてきたマユナは12000差の3着…)
手番はカズキ。残り局数と点数状況的にはあまり押さない方が良いだろうか?
麻雀打ちに安息の瞬間は無い。配牌から終局まで、状況に合わせて何をどうするのが最も得なのかを休むことなく考え続ける。
カズキも、アヤカもカイトも、リーチをかけているマユナでさえ、表情は真剣そのもの。
何を賭けているわけでもない。
彼らは絶対に手を抜かない。
新年明けた直後なんだからオリてられっかよ、などという直情に駆られることなど一切ない。ただ成すべきを成すことしか考えていない。
(……)
現物を切るカズキ。選択はオリ。
どれだけ負けたくなかろうが、最善手を打ち続けようが負けるのが麻雀だ。最後に出る結果はここで打つ全員が知ることができる情報だが、どう打ったのかという過程は自分の中にしか残らない。カズキは、その過程こそが自分で胸を張れるものでなくてはならないと考えている。
(こいつらもうまくなったよなぁ)
後ろからマユナとカズキを見ていたユウキは思った。マユナもカズキも、麻雀歴は2年もないくらいだ。基礎的な部分は数か月ほど先輩のサツキと一緒に学んだようだが、そこから先はユウキから教えられた部分も多い。
(加えてこいつら自身の努力。俺たちの教え方がどれだけ上手かろうが、結局は自分自身で掴んでいかなきゃいけないところも多いからな)
カズキやマユナが真剣な理由の一つがユウキである。
後ろで見ているのは自分たちを教えてくれた、言わば師。がっかりされるわけにはいかない。
(本来そんなことを考える必要なんてないんだけどな。まあ、こいつらのは自分のプライド的な部分が大きいんだろうけど)
「ツモ。………裏3!バイマンだわこれ」
「て、てめぇ…」
「お~。マユちゃん大逆転だねぇ~」
「これで俺だけダンラス…。まあラス親で大まくりの舞台は整ったか」
カズキもマユナも、アヤカもカイトも。本当に楽しそうに打っている。真剣で、勝てば嬉しいし負ければ悔しい。思う存分麻雀というゲームを満喫している。
(俺たちが今ここで集まって笑いあってられるのも、麻雀のおかげだよな)
オーラスを迎えて白熱する順位争いを尻目に、ユウキは少し昔のことを思い出す。
(きっかけは、マユナとサツキがちっちゃい頃に偶然出会ったことだよな。そんで高校でカズキとマユナが出会って、サツキが2人に麻雀を勧めて…)
「ツモッ。キタぞ渾身の500オール」
「なんて小さい反撃の のろし…」
「マユナさん。最初はのろしは小さくても良いんだよ。火がつくところまでが一番難し」
「はいはい。次々」ポチッ ガシャン
「しゃべってんですけどアヤカさん!?」
(サツキはイオリくんから教えてもらったんだっけか?それからミレイ先生も相当打つって知ったんだよな)
今ここにいない2人のことも。かけがえのない仲間だ。
(そんでマユナが俺にサツキとカズキを紹介してくれて…。そうだ。その4人で始めて打った麻雀でたまたま俺が圧勝して…、サツキが大学受験を終えてからめちゃくちゃ俺に突っかかってくるようになったんだよな)
「ロン…」
「はい?」
「2000…、と300だね」
「さ、3巡目ピンフドラ1…だと…」
「マユちゃんえげつないね~」
(それから、サツキが大学に通うようになって、アヤカと会って…。そこからは激動だったよな。まさかあいつが…)
「お兄」
その先を思い出そうとして、声がかかった。
「終わったよ。次入る?」
「ああ…。んー、入ろうかな」
「私も入るー!」
「ボクもー!」
パーティの片づけを終えたサツキと、コーヒーをひとしきり楽しんだエリアも輪に入ってくる。
「なら全員総入れ替えしますか。マスターさん打ちます?」
厨房側に立つマスターにカズキが声をかける。
「俺は別に良いよ。お前らで楽しめ」
「ん~。でもマスターの打ってるとこ久しく見てないしな~。打ってよマスター」
「マスターさんが入れば、この8人の中の最強メンバーが揃うわけか。たしかに見たいかも」
若者たちに遠慮するマスターを逃すまいとアヤカとカイトが焚きつける。
「酒入ってるんだがなぁ」
「それぐらいのハンデは負って下さいよ」
続くサツキ。マスターも『わかったわかった』と卓につく。
本日の2試合目はユウキ、サツキ、エリア、マスター。見守る4人からすれば、ワクワクする好カードだ。
(…やれやれ)
マユナもカズキも、どうやら最初はユウキとサツキの後ろで見学するようだ。
(どうせ見るなら天才エリアか化物級に強いマスターのを見れば良いのにな)
もちろんマユナもカズキもエリアやマスターの麻雀は見たい。だけどそれよりも気になるのだ。自分を教えてくれた師匠の打つ麻雀が。
(…しょーがねーな……)
魅せる麻雀も他所行きの麻雀も無い。
ただ成すべきことを成すだけ。
ただ自分の信じる道を行くだけ。
それが、いつも真剣に何事も成そうとする頼もしい後輩達が、最も喜ぶことだとわかっているから。
サツキも同じ気持ちだろう。
エリアはいつもどおり、ワクワクが止まらないと言わんばかりの輝いた表情をしている。
マスターは酒に酔ったふうに見えて、何者も逃さないような緊張感を発している。
いつも憎まれ口を叩き合うアヤカとカイトも静かに食い入っている。
(これが俺の世界)
サイコロを振り合い、起親マークを手元に引き寄せる。
(これが、決して『普通』ではない連中が集まって織り成される、俺たちの世界)
迫り上がってくる13枚の麻雀牌を開き、第一ツモへ手を伸ばす。
(懸命に、必死に生きよう。この世界を選んで良かったと、いつまでも胸を張っていられるように)
背中に突き刺さる強烈な熱意を感じながら、今年もまた、大切な仲間たちと、そして麻雀と共に、この世界を行く。
やあケンジ
あけましておめでとう!
お前が戦争もできない小さな島国に腰を下ろして喫茶店を始めてから5年ほど経ったか?
俺はお前がコッチに戻ってくるのをいつまでも待っているぞ
言うだけ無駄なんだろうが
お前のお気に入りの子供たち…、ユウキとかエリアとか言ってたな
その子たちも一緒に…なんて言うと本気でお前に殺されそうだな
まあ元気しているようで良かった
たまにはリモートでも良いから飲もうや
ただの友人としてな
じゃあ