年が明け、集まる
雪が少しだけ積もったようだ。
まばらに白くなった道を、サツキは速足で歩いていた。
(むうう…。せっかくみんなで集まって新年のパーティって日に、ウチのクリニックに急患だもんなぁ。休みの日だってのに父さんも人が良いんだから…)
新年早々に高熱を出したご近所さん。その患者を迎え入れた父をサポートしていて家を出るのが遅れた。新年早々に店を開ける父も父だが、自分の用事があるのにその父のヘルプをかって出るサツキもサツキである。
(母さんは夜勤明けで寝てるし、しょうがないんだけどさ)
向かう先はとある喫茶店。知り合いたちだけのために、今日は貸し切りにしてもらっている。まばらに白くなった道を歩くうちに、『1CHANCE』の看板が見えてきた。大きな店ではない。店のマスターが趣味で始めたような店だ。メニューのクオリティがどえらい高いためにリピーターが多く、マスターも知らないうちに知る人ぞ知る穴場のような店になったいったようだ。
ようやく到着する。小気味良いベルの音とともに扉を押す。
扉を開けたその目の前で、二人の少女が仲良さそうにカウンター席で談笑していた。
「すいません遅れまし…、うおおおお扉を開ければいきなり美少女二人の2ショットキタアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「んああああああああああ!!!遅れて来ておいて突然抱き着いてきてんじゃねぇぞ年中発情女がぁああ!!!」
「わあ!サツキの体冷たいよー!!」
「ごめんね二人とも。でも寒い中急いで来てさ。いきなり目の前に天国が広がってたらもうダメよ私はこの命果てようともこの世界にしがみついてそのまま死ねる!」
「わかりましたわかりました。今すぐヤッちまうんで少し待ってください。マスターさん。果物ナイフでいいです」
「マユナよ~。俺の店で流血沙汰は勘弁してくれ」
カウンター席に座っていたマユナとエリアを二人まとめて抱きしめたサツキは、突然の命の危機に瀕しつつもマスターの良心のおかげでその危機を脱し、高鳴る鼓動を落ち着けて店内をざっと見渡す。
目に入れても痛くなく、食べちゃいたいくらい ぷりてぃーきゅーと な天使2人が座るカウンター席の向こう側。厨房側では苦笑いしながら料理をこしらえているマスターがいる。その横ではマスターの手伝いをしているらしいユウキがいる。
「新年早々死人が出るとこだったな」
「人はそんなに簡単に死にませんよユウキさん!」
「そう願いたいよ。いやホント」
店に入ってから立ちっぱなしのサツキのもとに、ドリップコーヒーの入ったカップを持ってアヤカが近づいてきた。
「サツキ、どうぞ~。ブレンドだよ~」
「アヤカー。ありがとう。これアヤカが淹れたの?」
「ふっふ~。私もようやく店員っぽくなってきただろ~」
「マニュアル通りに淹れただけだけどな」
「ユウキさんうるさい~」
一口、口に含む。冷えた体を芯から温めてくれる、いつものホッとする味わいだ。
「はあー…。この一杯から新年は始まっていく…」
「それは良いけど座んねーのかよ ねーちゃん」
至福の一杯を堪能している最中に話しかけてきたのは、カウンター席から少し離れたところにある4人掛けのテーブルに座るカズキだ。同じテーブルの対面にカイトも座っている。
「相変わらずですねぇサツキさん。マジで去年から1ミリのズレも無いくらいの暴走っぷりで」
「えへへ~」
「なんで照れるんだバカ姉」
マユナが続く。
「ホントに。もう少し年相応の落ち着きを持ったらどうですかね。私やエリアちゃんが全身全霊で愛でたくなるほどかわいいのはしょうがないですけど」
「お前も何様なんだ」
「落ち着きを持ったらクンカクンカして良いの?マユちゃん」
「殺すぞ」
「すみません」
再度生命の危機を(いつも通り)迎えたサツキはマユナの大いなる慈悲の心で見逃され、ごみを見るような目で警戒されながら(さらにその目に快感を覚えながら)、マユナの隣に腰掛ける。
「患者さんは?」
「食あたりらしい…」
「こ、こんな日に…」
サツキより早くに家を出ていたカズキも、新年早々の急患のことは気にかかっていたらしい。
「落ち着いたところで、まあアレだな。まだ誰も言ってないし、ここらで声を揃えとこうか」
「そうですね」
マスターの意に賛同したユウキの返事に皆 会話を止め、一斉同時に祝いの言葉を述べる。
「「「あけましておめでとうございます」」」
今年も1年が始まる。
数奇な運命によって集められた、奇妙な関係の彼らの新たな1年が。
つづく
次
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