師匠①
「来ませんねー」
「来ませんね〜」
自動麻雀卓に突っ伏すように座っているのはサツキとアヤカ。2人は大学の麻雀サークルに所属するうら若き可憐なJDである。
「こんなに誰も来ないとアヤカとイチャイチャするしかないんだけどなー」
「う〜ん。帰ろうかな〜」
「ウソですー!」
学校の購買で買ってきたミルクティーをストローでチューチュー吸いながら、色欲にまみれた親友を軽くあしらうアヤカ。
「アヤカを襲うにはやはり寝込みを…、いや、起きた瞬間に完膚なきまでに叩きのめされるのは分かりきってるか…。……………クロロホルム?」
およそうら若き可憐なJDが言ってはいけないような言葉を並べながら、卓場に並べられていた牌から東南西北の風牌を抜き出してカチャカチャと手の中で弄ぶサツキ。
「来ませんねー」
「来ませんね〜」
2人とも見てくれは良い。細身で身長もやや高め。2人で並んで歩いていれば構内の男子たちが目を惹かれる存在と言える。しかし、講義のない時間は部室にこもりきりになるか帰宅するため、他の学生との交流は部内以外だとあまりない。
だから2人とも男子とは一緒にいる時間はほぼ無い。その上いつもいつも2人が一緒なものだから、恋人同士であるという噂が当たり前のように広がっている。
タチが悪いことに、サツキはそのことを知っている。
「グフフ…」
「薄気味悪い笑みを浮かべてどした〜?」
「なんでもないよマイハニー」
実際のところはサツキがアヤカに迫ろうとすれば、信じられないくらいリアルファイトが強いアヤカの前に一瞬でぶっ飛ばされることになるのだが、5度や10度やられたくらいでは諦めないのがサツキの良い(?)ところである。
アヤカにとっては迷惑極まりないが。
「今日はアイツが来るって言うから『1chance』にも行かずにこうして待ってあげてるのに」
「せっかく私もシフト入ってない日なのにね〜」
人を『待っている』。
サツキもアヤカも自分のプライベートをはっきり分ける人間だ。
その上、何か問題事が起こったとしても自分自身の手で解決してしまえる能力を持ち、仮にそれが難しくても彼女らには頼りになる仲間がいる。
だから、そんな彼女らが『待ちたい』相手など、そういるものではない。
今日は午後の講義も休講で潰れ、さっさと2人でどこかにランチでも食べに行こうかという話をしていたのだ。
そこにとある人物からの『待て』のメッセージ。
無視したい。
特にサツキなどは(永遠に相手にされないであろうことは棚にあげた上で)アヤカを我が物にするためのデートプランを組んでしまっているのだ。
さっさと行きたい。
例え大学のサークル仲間との用事であったとしても、それに勝ることなどあり得ないのである。
でも『待つ』。
『待つ』に足る理由がある。
「あんにゃろー。これでくだらん用事だったらどうしてくれよう」
「……」
サツキは言葉ではこう言っているが、その人物がくだらん理由で人を待たせるヤツではないことは知っている。
知り尽くしている。
サツキにとっては、ユウキやマユナ、『1chance』のマスターたちよりも付き合いの長い『友人』。
アヤカにとっては親交のやや深いサークル仲間という程度の間柄なので、アヤカ個人としては『待ちたい』というほどの間柄というわけではない。
今日忙しいからまた今度、と言ってトンズラこいても別に構わない。
でもサツキにとってはそうじゃない。
だから自分も『待つ』ことにした。
「サツキの『お師匠さん』だもんね〜」
「なんだよー」
サツキに麻雀を教えたのはユウキではない。マスターでもない。カズキでもマユナでもない。
サツキに麻雀を教えたのは…。
「おー。いるなーお前ら」
部室のドアが開き、2人の男性が入ってきた。
サツキが先頭を歩くその人物に声を掛ける。
「遅いんですけどー」
「実習だったんだよ。教授の段取り悪いからいっつもこうなんのって言ってただろー?」
「忘れた」
「イオリは午後の講義あるんでしょ〜?ご用件、早く済ませちゃお〜。その隣の子はどなたでしょう〜?」
「んあー。そうな」
アヤカにイオリと呼ばれた青年。
「喜べお前ら。新しいサークルメンバーだ」
生まれてからずっと麻雀と共に生きてきた、サツキの師匠である。
続く