『善意』の復讐
俺の夢は、復讐だ。
『月城組』。
俺の祖父が代表を務める暴力団だ。
指定暴力団の中で、規模で言えば下から3番目ってところか。
俺は幼少の頃からその跡取りとして教育を受けてきた。
「若、私はあなたの味方です」
伊丹という名の構成員は、俺の世話役として常に俺の周囲を張っていた。ボディガードというやつだ。
俺はその男から組織のことを学び、極道のことを学び、確実にその『悪意』の世界で生き抜く術を身につけていった。
しかし、俺が伊丹から学んだのは知識や技術だけ。
「若は若の思う道を進んでください」
それは組織の総意なのだろうか。
とてもそうは思えなかったが、そのころは大して考えなかった。
ある日テレビを見た。
映っていたのはどこか遠い国の、自分と同じくらいの歳の子供達。
彼らは、自分とは違う世界で生きていた。
極道の世界も特殊な世界であることは間違いない。
それでも、そんなものがちっぽけであるように感じられるほど、彼らの生活は異質だった。
水や食料の調達のために何時間も費やし、学校に通学するだけで何時間も費やし、お金がないから教科書も与えられない。勉強したいのにそんなことに費やす時間も金もない。
なんだこれは。
なぜこんな子供たちがいるのか。
自分は。
勉強したいと言えばたいていのものを与えられる。
教えてくれる人がいつもそばにいる。
時間も有り余っている。
自分はそうなのに。
なぜこの子供たちはそれがない?
なぜ自分の周りにいる人たちは誰も、この子供達のために動こうとしていない?
それが不思議だったから、俺の夢は決まった。
俺は、小学校も中学校も、取り立てて特殊なところに通っていたわけではない。
『普通』の人々の生活も知らねばならない、ということらしい。
じゃあ『普通』の学校に通えば俺の生活もまた『普通』になるのかというと、そうでもない。
初めの頃は俺にも友達がいた。
自分より子供っぽいと、生意気にも見下してはいたが、それでも共に遊ぶ友達と一緒にいる時間に心地よさを感じるくらいの『普通』の感性は、俺にもあった。
しかし、友達は、一人また一人と離れていった。
親同士のネットワークというのは、なぜああも密接なのか。
俺がそのスジの者という噂は一気に広がった。
仲が良かった友達の多くは、離れていった。
理解はしていた。
自分がそういう存在であることは分かっていたし、1人でいる時間があるならあるでやりたいこともたくさんあった。
ただ、俺に近づいてくる物好きなヤツはどの学年になっても一定数いて、ホントに一人ぼっちになることはなかった。
それでもやはり。
平気そうなふりをしながらも、寂しいという感情は常に心の中で渦巻いていたように思う。
『月城組』が嫌いになったわけではない。
まともな人間を探す方が難しい奴らしかいないのは間違いないが、それでも伊丹のように世話になった人が多くいるのだ。
嫌いになんてならない。
でも。
そのあり方を、自分の思う方向に向けることができるとしたら?
自分がこの先、仮に組織のトップに立った時に、自分の思う方向に動かせるとしたら?
この巨大な力を持った組織を、俺の夢に利用することができるのではないか?
小学校から中学校を卒業するまでの9年間、組織のしがらみに縛られ続けられて、俺は思った。
こんなことで、俺の夢を叶えられるのか?
俺の夢には『善意』が必要だ。
それは『悪意』が蔓延する極道の世界を生きるだけでは得られない。
『普通』の生活の中で培われるであろう『善意』の感性だ。
とてもではないが『普通』の人間関係や生活を理解できたとは思えない。
多くの人間から好奇畏怖の目で見られる生活。
こんなことで俺の夢を叶えられるのか?
叶えうる人間になれるのか?
そう思った俺は、県外の高校に通うことを決めた。
俺のことを知らない人々の中で、『普通』の人々の生活に混じって生きる。
それが必要だと感じた。
遠い県外の学校を選んだ。
少なくとも俺の顔を知っている人間がいなさそうなところまで遠くへ。
それでも知っている人間はいるかもしれないから、なるべく大人しく過ごそうと思っていた。
「私も行きます。若と離れるなど、ありえません」
当たり前のように一緒についてくると言ってきた伊丹。
さらには家政婦も雇ったようで、俺の新生活はやや値の張るマンションにて、その二人と同居する形でスタートした。
伊丹よ。独り身のくせに家事スキルはゼロなのか。
そうして俺は出会う。
カズキやマユナさんといった奇妙な信頼関係を築くに至った『仲間』と。
そして。
『月城組』が孕んでいた、もう一つの『悪意』と。
「若は若の思う道を進んでください」
子供の頃に言われたその言葉が俺の夢の原動力だ。
その夢を叶えるために、いったいどれだけの人間の心を動かさなくてはならないのか。
どれだけの反対を受けるのであろうか。
「若、私はあなたの味方です」
組員の中で、伊丹にだけは話したことがある。
その返事は、ずっと言われ続けてきた言葉と同じだった。
俺には、止まる理由なんでどこにもない。
俺の夢は復讐だ。
『悪意』をその原動力とする組織を用いて『善意』を成す。
俺の、『月城組』への復讐。