天才②
前回
体の使い方が超人的に上手い。
初めてやることでも見ただけで一定の成果を出せる。
世間的には『天才』と言われるような少女、エリア。
そのルーツはエリアの家族にあった。
一言で表現するなら、子煩悩。これに尽きる。
エリアの家族構成は父母姉エリアの4人。
この父の姉が俺の妻に当たるわけだが、それはここでは触れないことにしよう。
とにかくエリアの家族はエリアを溺愛していた。両親ともに娘たちが大好きだった上に、姉までエリアをめちゃくちゃ可愛がったものだからそれはもう大変なことになっていた。
好きっぷりが尋常じゃなかった。
例えばエリアがサッカーをしたいと言えば、サッカーボールを買い与えた。練習相手が必要な時はみんな休日返上で付き合った。
自転車が欲しいと言えば一般的な子供用のものではなく、レース仕様の本格的なモノを与えた。
サッカーや自転車だけではない。学校で学んだりテレビやネットで見たスポーツはあらかた経験しただろう。
ゲームがしたいと言えばSwitchでもPS5でも与えた。世界ランカーのプレイ動画を姉と夜通し漁りまくった日もあるという。
絵や動物や魚や恐竜に興味を持てば、博物館だろうが動物園だろうが水族館だろうが海外の有名な化石発掘スポットにまで飛行機で飛んでいった。
俺の影響で日本のことを知りたいと言った日には、なんと俺にエリアを預ける形でエリアだけ日本で生活できるように諸々の手配をしてしまった(その時の空港でエリアを見送る家族3人の笑顔と号泣を俺は死ぬまで忘れんだろう)。
異常と言えば異常だ。
別にエリアの家族は取り立てて金持ちだったわけでもない。
それでもエリアが望むことはできる限り叶えてきた。
そう考えればエリアがあの日すぐに餅をつけたのも、少し納得できる。
数多くのスポーツをやってきたからこそ、体のどの部分にどのような力を与えてどのように動かしたらどれくらいの出力が出せるのかを経験で覚えているのだ。
初めて行う動作でも、今までの膨大なデータをもとに自ら計算することでクリアすることができる。
理屈上は成り立つかもしれんが、はっきり言って人間じゃない。
何度も言うがまだ10才そこそこの女の子なのだ。
10年しか生きてないのだ。
それなのにほんの少し他人の動きを見ただけで経験者ばりの成果を出せる。
普通の人間が見れば『天才』としか言いようがないだろう。
スポーツだけではない。
エリアは麻雀を打てるが、別に誰がルールを教えたわけでもない。俺とユウキが喫茶店で仕事中に麻雀の話をしていたのを聞いて興味を持ったらしく、自分で勉強して気づいたら1週間で俺たちと普通に麻雀の話ができるようになっていた。
普通の人間の10年よりも何倍も濃い10年がエリアという少女を構成している。
『普通』ではない。
『異常』とさえ言える。
だが少なくとも言えることは、エリアのこの能力は、『天から与えられた才能』という意味の『天才』とは言えまい。
生まれた時から何でもできる人間などいない。
『元々頭が良い人』というフレーズをたまに聞くが、その論を実証する確たる証拠も無いし、仮に『元々頭が良い人』『元々運動神経がいい人』がいたとして、それだけで学校の成績が良かったり、プロのスポーツ選手になれたりするのかと言えばそれは別問題だろう。
要は本人の経験と努力。
エリアの場合はそれに加えて家族からの愛情も上乗せされたわけだ。運は良いのだろう。
才能なんかじゃない。
本人の飽くなき探究心と、それに応えた家族の愛。
それがエリアという怪物を生み出してしまったわけだ。
エリアは飽きっぽい。
いろんなことを経験しても、他に面白そうなモノが現れればそちらに興味が行ってしまう。
「ふんふんふーん」
ある日、エリアは俺の喫茶店のカウンターで鼻唄を奏でながらチーズケーキをお供にコーヒーを楽しんでいた。
傍には小学校の国語の教科書が。さすがに外国語を習得するのは難しいのかと思ったがそういうわけでもないらしい。
ただ単に宿題を片付けるために持ってきているようだ。
日本の学校はイタリアの学校に比べるとその辺厳しいからな。
「ねー、ケンジ」
唐突に声をかけてきた。
「うん?」
「ケンジってこの店のボスなんだよね?」
「んー、そうな。まあマスターって言った方がそれっぽいかな」
「マスター?」
やや怪訝な顔を浮かべるエリア。イタリアではなんて言うんだったか。
「じゃあマスター!コーヒーおかわり!」
今、エリアのマイブームは麻雀だ。
刺激しあえる友達もたくさんいるから、早々飽きることもないような気もするが、コイツに限っては分からんな。
叶うならば麻雀ブームが長引いて、他の奴らと少しでも長く…。
そう思っている俺もいる。