STORY 1-① by Mayuna
「大丈夫だからっ。もうちょっと頑張ってね!」
甘やかされて生きてきた自覚はあった。
父さんは大企業の幹部、母さんは銀行勤めでお金に不自由はなかった。
家族はみんな優しくて、ほしいものもたいていは買ってもらえた。
学校生活も、容姿には恵まれていて周りの人からちやほやされたし、勉強もそこそこ頭の良いお兄がいつも見てくれてたから。
「ほら見えたよ!アタシのパパのクリニック!」
だから小学校時代のその日、病み上がりなのに遅くまで公園で友達と遊んで、持ってきていた折りたたみ傘もほっぽり投げてなくしてしまって、雨の中びしょ濡れで歩いてたら急に気分が悪くなって意識を失いそうになって倒れこんだ時に、名前も知らないお姉ちゃんがびしょ濡れになりながら私をおぶって小さな医院に運んでくれたのも、特別なことではないと思っていた。
甘やかされて生きてきた自覚はあった。
与えられるだけで、守られるだけで生きてこれた自覚はあった。
もうろうとした頭でぼんやり視界に入った『神崎クリニック』の文字が書かれた看板を、今に至るまでずっと覚えていた。
高校に入って、部活はどうしようかなって考えてて、比較的好きだったバスケでもやろうかなと思ってたけど女子バスケ部は無かったから、テキトーに男子バスケ部のマネージャーになった。
容姿は恵まれていて部員からは好かれてたし、要領も良い方だったから、マネージャーの仕事もある程度そつなくこなせた。
まあ、ウチの部は1回戦勝てば良し、2回は奇跡で3回目は何かの間違いって言われる程度の部で、そこまでかっちりとした感じでもなかった。
でも若干だけど病弱だったから、力仕事はきつい時もあったかな。
入部して1か月ほど経ったある日、練習試合で他様の高校に行ったとき、雨が降ってきてウチの部員が体育館の外に固めておいておいたバッグを全部まとめて移動しなければならなくなった時があった。
顧問のミレイ先生が「きつけりゃ部員どもに声かけろよ」と言ってくれたけど、今は試合中でレギュラーじゃない子達も応援に集中してたから、まあそんなに重たいものでもないし大丈夫だと思って、1人で移動しに行った。
思ったよりしんどかった。
15人分の大きなエナメルバッグを階段を何度も往復して運ばなければならない。
おまけにやたら重い。
汗をかいた時のための着替えやタオル、水分補給のための水筒はまだ良い。筋トレのためかダンベルか何かが入ってるのも良い心がけだと思う。でも『いつもこれで学校に通ってます!』と言わんばかりに教科書やノートがギュウギュウ詰めになってるヤツや、漫画やラノベが所狭しとやたらときっちり敷き詰められてるヤツがあってふつふつと何かがこみ上げ、バッグの中からぽろっと『デュエルなにがし』のカードデッキ5セットくらいが落ちて散乱したあたりで軽く殺意を覚えるくらいにはしんどかった。
無様に他校の体育館の外で雨に濡れながら憎悪の対象を拾い上げていた。
あんまりてこずってたら荷物が濡れるし風邪もひく。
でもなんとなく。
なんとなく何とかなると思っていた。
「おいマジかこれ」
思っていた通りの声掛けがあった。
「林のかこれ。こりゃああいつ涙目確定だ」
ウチの部員の神崎カズキ君と、仲良しの大西カイト君。私と同じ1年生で、試合には出れてない。
二人とも傘をさしている。
「びしょ濡れじゃねーか」
神崎君がやばそうな声で言った。たしかに林君の『デュエルなにがし』愛は尋常じゃないのは知ってたから、これを見たら発狂するかもしれない。
「うん。やっちゃったよ。乾かしたら大丈夫かな?これ」
「いやいや」
私の発言に、何言ってんだ?みたいな反応をする大西君。
「お前がびしょ濡れだっつったんだよ。大丈夫かよ。こんな大荷物1人で運ぼうとすんなよな」
「……そうだね」
散乱したレアカードよりも私の体の心配をしてくれる。
まあ、それが普通か。
「これ、俺たちがやっとくから九条さんは中入って髪拭いてきなよ」
大西君、当然の流れ。
二人とも、女子に恩を売れたとでも考えたかな?
けど、ウチのお兄だけで良いんだよ、過保護は。
「いや、自分でやっちゃったんだし、私がやるよ」
「風邪ひくだろうって。もう九条結構濡れてんだし」
神崎君が引き止める。
「大丈夫だよ」
「おい」
神崎君が真正面に立った。
成り行きで、相合傘になった。
続く
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