STORY 2-③ by Kazuki
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「お兄、連れてきたよー」
4人家族が住む家にしては、大きい家だった。ねーちゃんが「リアルでやってみたい」と言い出すもんで、マユナが「じゃあウチに来ますか?」というあっさり流れで九条家に来ていた。
「おー」
リビングに通され、待っていると、その男は現れた。
好青年とはギリギリ言えないくらいの若干不機嫌そうなツラ。細身ながらも高校までそれなりに鍛えていたことが分かる程度のガタイ。そこそこの高身長。そして、その瞳を見た俺は思った。
(マユナと全然違うのに、めちゃくちゃ似てる……)
見た目明るいマユナと比べれば全然暗い印象を受けるが、問題はそこじゃない。その瞳だ。マユナの『あの目』。アレに似た匂いを俺は感じ取った。
だが、あくまで匂いだけだ。同じじゃない。
その瞳には『諦め』のようなものこそあったが、だからと言ってマユナのように自分を偽ろうという意思は見えなかった。
マユナの『あの目』が『諦めてふさぎ込んだ』のに対して、この人の瞳は『諦めたからこそ開き直った』ように見えた。
「マユナのアニキの、ユウキです」
「神崎サツキって言います」
「カズキっす」
挨拶もそこそこに、客間に通され、ちょうどいい大きさのテーブルの上に置かれたマットと牌を見てちょっとときめき、対局は始まった。
「…………………………………………………………………………っ!!」
5時間ほど打った。
半荘にして4回。
結果はすさまじいの一言だった。
ユウキさんの4連続トップ。そのうち1回は俺が東4局で飛ばされた。
「うえぇぇー………。やっぱお兄、強すぎぃ………」
マユナの反応は、少し意外だった。まるでこうなるのが分かり切っていたかのような反応だ。
でも俺は違う。半荘4回やって4連続トップを取れる人間がいることもそうなんだが、なによりも、俺のねーちゃんが1回も勝てない相手がいることに、驚愕せざるを得なかった。
「言われた通り、全く手を抜かなかったからなぁ」
その言葉に、格の差はまざまざと表れていた。
実力で素人3人に負けるわけがないという自信。
麻雀が、運のゲームではないことの証明。
怪物だった。
多分、俺が家族以外で初めて会った、正真正銘の怪物。
マユナにもその片鱗が見えていたが、このアニキが面倒を見てきたというならわかる。
「あ、の……」
ねーちゃんが、ショックを隠し切れない様子ながらもユウキさんに声をかけた。
「アタシの打ち方って、ダメでした…?」
ねーちゃんはそれなりにプライドの高いタイプの人間だ。普段ならここまで下手に出て何かを得ようとするタイプではない。そうしなければならないほどの格の差を、ねーちゃんも感じ取ったんだろう。
「んー。どうかな。そんなに俺から見てあり得ないっていうような打牌は無かった気がするけど」
「でも、さすがに結果がこれじゃあ……」
「経験じゃないかな?」
「経験?」
「初めてだったんでしょ?リアルでやるの」
「そうですけど、それがここまでの差になります?」
「なるんじゃない?」
あっさりと、言い放つ。
「ネットで結構打てたとしても、初めて触る牌に気持ちが揺れないヤツなんかいない。ポンチーの発声みたいな、ネットとは違う脳の使い方も必要になる。なによりも相手がここにいる。目の前の相手と戦っている。これが心に与えるプレッシャーだって、ネットとは全く違うものだろうよ」
「そうかもしれないですけど……」
「なんなら気が済むまで今日の半荘で気になったことを俺に聞いてくれたってかまわないけど、それよりも手っ取り早くうまくなる方法はある」
「それは?」
「また打とう。急ぐ必要なんか無い。みんなならそれで十分だろ」
その言葉は、軽いノリで放たれたようにも聞こえて。
でもその作り出す雰囲気は、たしかに俺たちを導いている気がした。
これが、マユナのアニキ。
人生を達観しすぎたあまりに、弱者に希望を与えるスベまで熟知してしまった怪物。
しかも、これがほぼ無意識だというんだから…。
『平等』など、一片の欠片も無いほどの格の差。
「ユウキさん」
「ん?」
俺は、ねーちゃんに感謝している。
「俺、今度はがんばってユウキさんを飛ばしますんで」
「おー。やってみろ」
この兄妹との出会いを、俺は死ぬまで恩に着る。
この『不平等』を超えるという目標の先に。
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